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SOUL EAT!!!

歓び跳ねる、踊り狂う、炸裂する虹、そのかけらを一灯

『白で救う。魔、従えて、眩い光で世界を救う / "ベルセルク"』

 

前回に引き続き、『ベルセルク』の話である。 

『黒で埋め尽くす。こころも、魂も、すべて黒で埋め尽くす』 - SOUL EAT!!!

 

セオリー通りの西洋型ファンタジーであれば、主人公はグリフィスであり、

ガッツは、騎士が王になる物語の途上、現れる"黒い傭兵の巻"のワンエピソードに登場する、魅力的な脇役でしかなかったろう。

 

ベルセルク 33 (ジェッツコミックス)

 

そもそも、"ベルセルク"、"バーサーカー"とは西洋の魔物の辞典にも数行程度の注釈があるくらいのもので、主人公に据えるような器があるわけではない。

 

狂った戦士を主人公に、"どんな物語が描けるか?"と、それはもう、血まみれの憎悪撒き散らすか、絶望か、救済か、それくらいか。

 あるいは、対極の"純粋"を少女に託して"希望"に反転してみせるとか、

狂気を善に変えるため、仲間と出会って、その力を善きことのために使うとか、

小品として面白そうなネタではあるが、大河のドラマとして成立させるには、役不足のキャラクター属性であると言える。

 

それが、ファンタジー作品の未曾有の傑作として、大河の名にふさわしい物語として、

存在しているということに、唸らずにはいられない。

今更ではあるが、今一度、唸っておきたい。

 

セオリー通りの西洋型ファンタジー作品であれば、主人公であった、グリフィス。

生まれながらにして、高貴。眩い光を放つカリスマ。

慈しみのこころを持って、楽園世界を築くため、自ら陣頭に立ち、人々を鼓舞し、守り、率いていく騎士。

彼が王となるのは必然だった。

彼自身の素質、時代が求める英雄像、泥水をも呑む覚悟、そして彼には、信頼し合える仲間もいたのだ。

 

剣一本、己の力のみを頼りに、誰も信頼することなく、血まみれの獣のような生活を送ってきた黒い傭兵もまた、自らの居場所を見出し、愛する者も、信頼できるはじめての仲間も、親友と呼べるような男も、手に入れたのだ。

 

 

そして、光の王が誕生する。

 

新しい時代がやってくる。

  

 

と、壮大にして、絢爛な、人々の歓びと慈しみの心が基調とされる黄金時代がやってくる、そんな時代をこの手で引き寄せる、その悲願、もう間もなく。

 

というところで、パズルのピース、

その最後のピースを置き間違えただけのような些事が、世界を壊す。

 

すべてが"最悪"へと雪崩をうって、転がり落ちてゆく。

 

 

真の物語はそこから始まる。

 

なんと壮大なプロローグ。

 

 

魔と契り、堕ちることなく、さらなる光の高みへと"純粋な白"を手に入れたグリフィス。

民の目線を捨て、神の視点から、世界改革の覇業へ向かう現人神となったグリフィス。

 

" 良心の呵責 " など微塵も感じることのない、天魔の存在となったグリフィスに、

虫けらのような黒い戦士が、挑む。

 

眩い光で世界を粛清、浄化、新たな黄金期を生み出そうとする神に、

情念の焔燃やし、黒い戦士が、挑み続ける。

 

善と悪。

光と闇。

 

 

円を2つに流れるように裂くS字。

白の中に黒があり、黒の中に白がある。

 

善と悪。光と闇。

対立する2項ではなく、

円を描くように、ともにある、

あの東洋的図像のような白と黒を思わせる『ベルセルク

それが、中世と魔術のヨーロッパ的世界観で描かれているということの、稀有。未曾有。

 

 主人公になりうることもなかったはずの "狂戦士" が、

神や魔と抗し得る一縷の希望、と主役を張る『ベルセルク

 

連載の再開を、気長に気長に待つとしよう。

 

ベルセルク 36 (ジェッツコミックス)