『悪に身を染めるのは、堕落なのか、解放なのか』
男には守るべきものがあった。
家族があった。
愛する妻と息子、間もなく誕生する新しい命。
人生の、大きな節目となる、分岐点。
男は " 家族 " を選び、" よき父 " となることを選んだ。
迎えた50歳の誕生日。
男は余命わずかの病魔に冒されていることを知った。
妊娠中の妻、ハンデを背負った息子、新しく生まれてくる命。
" 父 " である男は、家族を想う。
妻に、息子に、父の顔を写真でしか知ることのできない第2子に、何が必要か。
何が残せるか。
金だ。
それも、莫大な、金だ。
男は、家族に、自分がこの世を去っても、問題なく、つつがなく、安心して暮らし続けていけるよう、大金を稼ぐことを決意する。
男は、ハイスクールで化学の教師をしていた。
安定はしているが、一家の暮らしを支えるだけで精一杯の稼ぎ。
あれやこれやで出て行くばかりで、足りない、金。
男には、特技があった。
化学。
その頭脳、卓越した能力はその世界においてトップクラス。
一介の平凡な教師と見えて、彼の能力は群を抜いていた。
男は決意する。
短期間で、金を稼ぐ。一生かかっても得ることのできない大金を、稼ぐ。
そのために、自分ができること。
麻薬をつくる。
海外TVドラマ『ブレイキング・バッド』
「おっもしろいですよ!」
と薦められたものの、" シーズンなんとか "、毎回「そこで終わるの?」「引っ張るなー」
長い長い視聴の末の虚脱感。満足感というより、達成感。
がんばってよく見た。しかし、あまり記憶に残っていない。
という印象が強かった、海外TVドラマ。
しかし、「主演の役者さんが凄い」とも言う。
じゃあ、見てみるかと一巻を手に取った。
……本当に面白かった。
……本当に凄かった。
ちょっとレベルが高すぎるんではないだろうか。
というクオリティであった。
見事な脚本。
素晴らしいのは主演の俳優だけではない。出演者、みな、おそろしくレベルが高い。上手い、というのではない。その役、その人間そのもの。
しがない高校教師が、闇稼業に手を染める。
タイムリミットは数ヶ月。
意外性とサスペンス。
そこでグッと引きこまれるが、物語は主人公の変貌を描くだけでなく、取り巻く人々のドラマをも描く。
丹念に、丁寧に。
物語の進みは、だから、とてもゆっくりとしている。
だが、刻々と時は過ぎ、状況は大きく変化していく。
「面白いか?」
と聞かれたら、面白いよ、と答える。
しかし、観ながら、胃が痛くなる。
誰もがついている嘘。抱えている秘密。
男と女の「なんで、こう、うまくいかないんだ」すれ違い。
平凡な高校教師が麻薬王となっていく過程は確かに面白い。
" 悪 " の魅力がだんだんと溢れていくウォルター、どんな麻薬王になるのかと目が離せない。
しかし、胃が痛くなる。
人の心の弱さや狡さ、影や闇。
「ああ、そうだよな…」
我が身引き寄せ、酒の一杯でもやらなければ観ていられない。
しかし見応え充分であること確か。
つい観てしまう。
ウィスキー片手に鑑賞するのが、よろしいかと。
大人のドラマであることだし。
ラッパのマークのあの匂い、
「えっ、これ美味いの…?」
しかしそれが美味いのだ、ラフロイグ。
薬っぽい香りもまた芳醇と。化学教師ウォルターもきっと好むであろうと思われる。