過去に決着を。 " 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 " を読むことによって癒される傷。
ばか売れしていた。
文庫になっていたので、手に取った。
あれだけヒットしたのは、" 1Q84 " の余波。
内容的には、大ホームランかっ飛ばしたあとの調整もかねて、少し気を抜いて書き下ろしたもの。
とばかり思っていた。
間違っていた。
まごうかたなき傑作だった。
長く読み継がれるであろう傑作であった。
物語は、こうだ。
学生時代、彼、多崎つくるには、仲の良い友人たちがいた。
「仲の良い」ではすまぬ、どこかで深く結びついた友人たちがいた。
彼らには特徴があった。
皆、名前に色がつくこと。赤、青、白、黒。
多崎にだけは、ない。
分かちがたく結びついた絆、「何かの縁」と片付けるには密接にすぎたそのサークル。
ある日、多崎は告げられる。
「もうおまえと会うことはない」
それが4人の総意だと告げられる。
傷を抱えたまま、孤独に囚われたまま、内界で激しく戦いながら、彼は大人になる。
生き延びる。
ごくまっとうな「大人」になった彼は、ひとりの女と出会う。
魅力的な、美しい、特別な女性と出会う。
親密さが増すにつれ、彼女は気付く。多崎の背負う何か、抱えた何か。
誰にも話したことのなかった過去を、多崎は話す。もう終わったこと、過ぎたことのひとつと話す。
彼女は言う。
「あなたは、彼らに会わなくてはいけない」
なぜ、多崎はグループから突然切られなければならなかったのか。
いま、彼らはどうしているのか。
何が、あのときの自分たちを引き合わせていたのか。
あれは、いったい、なんだったのか。
彼はほんとうのことを知るために、ふたたび、「そこ」へと向かう――
読んでいる間、自分は多崎になっている。
多崎の傷、痛みを感じながら、ともに旅をする。
生まれ変わりたいと願う多崎を感じる。生まれ変わらざるを得ないおそろしさも感じる。
それでも事実を受け止めようと、ふたたび傷がぱっくり開く可能性だってあることを覚悟して、過去と向き合う。
知りたくない、知らなくたっていい真実と向き合う。
過去は清算される、しかしそれは感動的なフィナーレではなく、新たな試練を呼び寄せる始まりとなる。
終わることによって、生まれ変わった自分。
生まれてしまった新たな自分が願うこと。
夢から醒めるように、本を閉じる。
自分は、無論、多崎ではない。
しかし、多崎としてその間、現実を生きた。
胡蝶の夢感覚。