『もっとも怪奇にして奇怪な復讐物語/ " 魔界行 " 』
男は、妻と子供を奪われた。
世にも残虐な、残酷な仕打ちを受け、喪った。
因果関係もない、不条理な、偶然。
男の名は南雲秋人。ロサンゼルスの片隅で花屋を営む男。
彼は復讐を誓う。
妻と子を奪ったマフィアに報復を誓う。
そして、部屋の隅にあるロッカーから取り出す。
オートマチック、リボルバー、グレネードランチャー、手榴弾、催涙ガス、煙幕弾…
彼はただの花屋の主人ではなかった。
ささやかで、慎ましい、平凡な幸福を選び、軍役を退いた、戦士であった。
それも、極秘に"作られた"≪生体強化戦士≫であった。
容赦なく、凄惨に、その本領を発揮する南雲秋人。
マフィアたちにとっても、それは、予想もできなかった偶然であった。
最悪の敵を引き当て、目覚めさせ、呼び寄せてしまったのだ…
……と、これが、
菊地秀行の大傑作『魔界行』導入部なのだが、
このイントロの流れだけでも、一本の映画が撮れそうではある。
そういえば、先日、『イコライザー』という、ホームセンターに勤める、善良そうに見えるが、実はおそろしく強い、秘めた過去を持つ男の映画を観た。
敵はロシアンマフィアであった。
敵の冷酷さ、非道さ、その駆け引きだけでも、ひとつの物語になる好例であるのだが、
『魔界行』、敵も只者ではない。
マフィアたちは、1章で皆殺しにされる。
真の敵はその " 黒幕 " ではなく、妻を陵辱し、鰐をその宴の趣向に用いることを望んだ、関西系暴力団の組長。瓜生義和。
そして、その背後にいる、瓜生義和の義弟、義龍。
彼は、死霊を操る、黒衣の美貌の不死の魔人である。
ヤクザの若い衆がゾンビなのである。
南雲が仇と追う義和は、ヤクザ世界では名の知れた豪傑ではあるが、彼らの前では、ただの人間である。
よって、逃げ惑うよりほかにない。
不死の魔人、義龍は、義兄のことを駒のひとつとしか捉えていない。
自分の目的のために義和を動かし、瓜生組を利用しているだけである。
復讐を果たすべき相手は逃げ惑う。
そして、その最終解決法がまたぶっ飛んでいる。
義和もまた " 人間 " であることを捨てるのだ。
異能力を持つ魔人たちの戦い。
それだけでも、大傑作太鼓判の『魔界行』であるが、その凄味は、やはり南雲秋人という主人公にある。
倒すべき、仇を討たずにはいられない、敵がいる。
思い出しては、灼熱の感情に囚われる、南雲秋人。
感情を抑制することなど、彼にとって、難しいことではない。
ただ、目的を、復讐を果たすのみ。
そして、彼は戦いの中に身を投じる……
のだが。
愛する妻と子を失った、ひとりの男、南雲秋人。
しかし、彼は、その力を発揮せずにはいられない。
地獄でこそ、魔界でこそ、彼はその本領を発揮できる。
南雲秋人は、もはや " 人間 " ではない。
戦士の業に逆らうことができない。
『これは、実験だ』
彼はつぶやく。
復讐の最中、激情に駆られることもなく、冷徹に。
そして、想起する映像の中で、妻はその許されざる蹂躙に歓び悶えてもいる。
南雲のいる世界、見ている世界は、地獄なのだ。
南雲秋人の、冷たく哀しい鋼の業。
日本刀の底冷えするような、光。
その凄味。
≪パワーライン≫を巡る魔人たちの戦い、その妖しい美しさ、おどろおどろしさだけでも必読の、時代を超える傑作
『魔界行』
一瞬しか出てこないが、南雲を" 作った"、盲目、鋼鉄の片腕を持つ老人、マクルーア博士なんて脇役まで魅力的。
南雲の哀しい復讐行として物語を捉えてみれば、麻里子と出会い、寄り添ったあの瞬間に赦しは訪れたのだ…
と個人的には完結しているのだが、どうだろうか。
" 映像、ついに活字の力に及ばずーー "
筆者のその宣言どおり、『魔界行』においては、アニメ化も映画化もされていない。おそらくその魅力を描ききれない。
(『妖獣都市』は素晴らしい。
『魔界に棲むもの。その絶世の美貌』 - SOUL EAT!!!)
しかし。しかし、観てみたい。
陰鬱で、妖しく、怪奇な魅力に溢れた、奇怪な復讐劇『魔界行』
今なら、実写で可能な気もするのだが。